京藤 甚五郎家
京藤 甚五郎家
旧京藤甚五郎家住宅(以下「京藤家住宅」)は、江戸時代に北陸道の宿場町として栄えた今庄宿の中ほどに所在します。
京藤家は、酒造業などを営む一方で脇本陣にも指定された今庄有数の旧家であり、家族や使用人が暮らす主屋と、大名などが宿泊・休憩する本陣形式の座敷棟とで構成される大型の町屋建築です。
今庄宿の町屋の多くは明治から昭和にかけて建てられた木部を表した真壁づくりの建物ですが、京藤家住宅は塗籠の外壁となっています。
赤みの強い越前瓦の屋根の上にあげた本卯建も特徴で、強い防火意識と当家の財力の高さが窺えます。
当家には水戸天狗党が今庄宿で宿泊した際の資料が残るほか、幕末の歌人・橘曙覧や明治維新の立役者・岩倉具視の書などが伝わっています。
京藤 甚五郎家のカタログ
甚五郎家 母屋
主屋は寛政11年(1799)12月の大火で被災したあとに現在の建物に建て替えられたようです。屋根は瓦葺きの切妻で、両側に卯建をあげているのが特徴です。卯建はいわゆる防火のための設備で、火災の際に隣の住宅から火が燃え移るのを防ぐ役目をしています。棟には煙出の越屋根を載せ、瓦は赤みが強く、越前瓦の中でも相当に古いものであると考えられます。
主屋正面の1階開口部は、現在面格子の内側にガラス戸となっていますが、建築当初は擂り上げ戸であり、今もその蔀戸と溝が残っています。擂り上げ戸を立てる正面の柱はいずれも約2.2度傾いていて、これにより蔀戸を擂り上げたときの安定を図っていたものと思われます。このような造りは、越前各地の町家で多く見られます。
2階の正面の壁は前面に虫籠格子を建て、窓と壁面との差を意匠的になくしています。深い軒は登梁を天秤にしてその尻で支えていて、登梁の間隔は5間の間口を6等分しています。正面と背面の壁の両端には袖卯建を設け、延焼防止の徹底を図っています。
1階も2階も外壁は塗籠とし、土色壁で仕上げています。
店舗情報
| 店舗名 | 京藤 甚五郎家 |
|---|---|
| 住所 | 919-0131 南条郡南越前町今庄75-14 |
| 電話番号 | 0778-47-3000 |
| FAX番号 | 0778-47-3261 |
| メールアドレス | soumu@town.minamiechizen.lg.jp |
| ホームページ | https://www.town.minamiechizen.lg.jp/kurasi/103/128/p003509.html |
| 定休日 | 金、土、日、祝祭日 |
| 地図 |






