旧今庄町街道と鉄道沿いの農家民泊 兵三(ひょうさ)

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街道と鉄道沿いの農家民泊 兵三(ひょうさ)

街道と鉄道沿いの農家民泊 兵三(ひょうさ)

旧北陸本線の線路跡脇にある農家民泊です。
 私が住んでいる旧今庄町には宿場としての歴史があります。
 江戸時代には参勤交代やお伊勢参りの宿として、明治時代から昭和時代は蒸気機関車の機関区として栄えました。
 今でも広い敷地内には長いプラットホームや給水塔などが残っています。
 町中には塗り壁の家や袖卯立つがある家々が軒を連ねています。
 また、蒸気機関車が走った線路跡は道路に改修されて住民の生活道路として今も利用されています。
 道の先にはトンネル群が残っており、今でも線路跡を歩くハイカーたちが大勢やってきます。
 お宿からすぐのところにある今庄宿、板取宿、鉄道遺産跡、北國街道、藤倉山の散策と四季折々の変化をお楽しみください。
 このページでは、お宿から直ぐに行ける今庄の観光地をご紹介しています。

街道と鉄道沿いの農家民泊 兵三(ひょうさ)のカタログ

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お部屋

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お部屋は畳の間2部屋(8畳と6畳)をご用意しました。
 6畳では掘りごたつになっており、足を伸ばせることが出来るようになっています。
 窓からは庭の桜の木が見え、春には花をめでることが出来ます。
 畑には季節の野菜、庭には柿の木の他に果樹が植えられています。
 春にはアサツキ、フキ、ウドなどが芽吹きます。
 鉄道遺産のトンネル群、今庄宿、木の芽峠、栃の木峠を訪れる際にご利用ください。
 ご予約は電話、またはメールにてお願いします。
 定員は5名までとなっております。

 連絡先
 TEL 0778-45-2722 FAX 0778-45-2722
 携帯 090-4683-3311

 まだ、予約の受け付けは行っておりませんが、決まりしだいお知らせします。

今庄宿

今庄宿
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江戸時代、今庄は宿場として発達しました。
 福井藩や加賀藩の参勤交代では、朝早く福井を出発すると夕方には今庄に着き、ここで宿を取りました。
 本陣には福井藩が、脇本陣は加賀藩の定宿でした。
 またお伊勢参りや京や大坂へ向かう庶民も宿を今庄に求めました。
 江戸時代には旅人で大いににぎわったわけです。
 今でも酒蔵が4軒残っていますが、最盛期には15軒もの酒蔵がありました。
 この多さは国内的に見ても珍しいと思います。
 これは今庄が如何に人の往来が多かったのかの証でしょう。
 今でも住民が住み、当時を偲ばせる街並みもの至る所に残っています。

板取宿

板取宿
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天正6年、柴田勝家が道を改修してから栄えました。
 北国街道の入口として初代福井藩主結城秀康以来、関所を設け旅人を取り締まった重要な場所でした。
 現存する民家の藁葺の屋根は甲(かぶと)造りで珍しいものです。
 残っている家屋は4軒ですが、それぞれ中には囲炉裏があり火入れを行っています。
 板取宿には、国道365号線を敦賀方面に向かい、板取宿入り口にある駐車場に車を置いて徒歩で登っていきます。
 または、国道から今庄365スキー場に向かって約100メートル登っていき、左側の小屋の道を降りて行くとそこにあります。
 集落内に入る道は見え難いので気を付けてください。

鉄道遺産

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旧北陸本線は、1893年 - 1896年(明治26年 - 29年)の工期を経て、敦賀駅・福井駅間が開業しました。
 その区間には、古代からの交通の難所である木ノ芽峠があり、13もの隧道を建設することで、鉄道を敷設しました。
 現在も11の隧道が残っています。
 隧道以外にも、険しい山地を通るため、築堤、橋梁、暗渠などの土木構造物、急勾配を通過させるためのスイッチバック施設も残っています。
 

酒蔵

酒蔵
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参勤交代があった江戸時代には今庄宿には15軒もの酒蔵がありました。
 その後明治時代になると交通手段が徒歩から蒸気機関車になった結果、今庄宿には泊る必要が亡くなり宿場全体が衰退して行きました。
 酒蔵も時を同じくして衰退していき、現在では四蔵が酒を作るだけになってしまいました。
 それでも、この狭い地域で4蔵も酒蔵が残っているのは全国的にも大変珍しいと思います。

現存する酒蔵
 ・堀口酒造
 ・畠山酒造
 ・白駒酒造
 ・酒蔵 北善商店

木の芽峠

木の芽峠
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福井県を嶺北と嶺南に分ける峠です。
 1200年の間、越前の玄関口としての番所が置かれ、今でも前川家の子孫の方が茶家を守っています。
 この一帯は度重なる古戦場として使われ、一向一揆の頃の城址が多く、歴史的にも非常に興味の持てる峠でもあります。
 この峠に行くには、今庄スキー場を車で登っていき、林道沿いに左に曲がると茶屋の麓まで行くことが出来ます。

アカタン砂防

アカタン砂防
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南越前町古木を流れる赤谷川にある明治30年代に築造された7基の石積堰堤と2基の土堰堤からなるアカタン砂防堰堤群は、100年以上を経た今も周囲の自然景観と調和しながら砂防堰堤としての土砂災害防止機能を発揮しており、平成16年7月には、国の登録有形文化財になりました。堰堤周辺には散策路やベンチなども整備されています。
 明治33年に行われたアカタン砂防堰堤の工事では、女性は千本突きによる土堰堤を築堤し、男性は石積み作業を行ったと言われています。
 石積みは岐阜県から専門石工を呼び寄せたとも言われ、「亀甲積み」と呼ばれる工法で、一つの石を中心に周囲を6個の石で取り囲むように積まれています。
 さらに下流洗掘に対処していることや水圧を低減する構造となっているなど、先人の優れた知識や技術が集結した砂防施設遺産であると言えます。
 100年を経た今も、2基の土堰堤と7基の石積堰堤、石積堰堤と護床工が階段状に連なる堰堤群が現存、その役目を果たしており、平成16年には国の有形文化財に登録されています。

湯尾峠

湯尾峠
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湯尾峠は、福井県南越前町の今庄集落と湯尾集落を分ける峠であり、古代から北陸道が通る交通の要衝でした。
 源平の合戦、南北朝時代の戦い、一向一揆など幾度も戦乱の舞台となりました。
 また、かつては疱瘡よけにご利益のある孫嫡子(まごちゃくし)信仰でも有名であり、松尾芭蕉の「おくのほそ道」でも取り上げられています。
 言い伝えによれば、陰陽師で有名な安倍 晴明と疱瘡の神とがこの峠で議論して、安倍 清明が負かされたという記録が残っています。
 文化庁の「歴史の道百選」にも選定されています。

今庄365スキー場

今庄365スキー場
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今庄365スキー場は国道365号線沿いにあるためにこのような名前が付けられました。
 スキー場内には温泉もあって、スキー後の体を温めることもできます。
 また、インターから近いこともあり、約30分でスキー場に行くことができます。
 高速道路を使えばすぐに行けるため関西、中京からのお客さんが多いのが特徴です。
 雪がない季節には木の芽峠の茶屋や板取に残るかやぶき屋根の家を見学するのもいいでしょう。

店舗情報

店舗名 街道と鉄道沿いの農家民泊 兵三(ひょうさ)
住所 919-0132
南条郡南越前町南今庄59-103-2
電話番号 0778-45-2722
FAX番号 0778-45-2722
メールアドレス hiroki00778@gmail.com
ホームページ http://nipponn-daisuki.seesaa.net/
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